チョムスキー 時事コラム・コレクション

言語学の大御所であるノーム・チョムスキー氏はまた、時事問題に関する優れたコラムニスト、エッセイストでもある。 本ブログでは、チョムスキー氏のウェブサイト https://chomsky.info/ から、特に心に残るコラム、エッセイ等を選んで訳出・紹介する。

チョムスキー 時事コラム・コレクション・2

 

[そりゃ帝国主義だ、ボケ!]

 

内容はイラク戦争の欺瞞について。
アメリカの帝国主義に対する批判でもある。
例によって、ここでも、チョムスキー氏のお得意のテーマ、「米国政府と大手メディアによるプロパガンダ」が衝かれている。


原文サイトは
https://chomsky.info/20050704/

 
原題は
It's Imperialism, Stupid
(そりゃ帝国主義だ、ボケ!)

 

この It's Imperialism, Stupid は、
It's the economy, stupid(肝心なのは経済だ、ボケ!)という有名な表現のもじり。くわしくは末尾の「その他の訳注・補足など」を参照。


(例によって、訳出は読みやすさを心がけ、同じ理由で、頻繁に改行をおこなった)


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そりゃ帝国主義だ、ボケ!


ノーム・チョムスキー

『カリージ・タイムズ』紙 2005年7月4日

 

ブッシュ大統領は、6月28日のスピーチにおいて、イラク侵攻は米国が現在もなお継続している「テロに対する世界規模の闘い」の一環として実施されたと主張した。
しかし、予想された通り、実際には侵攻の結果、テロの脅威は増大した-----おそらくは大幅に。

 

そもそもの最初から、イラク侵攻の目的に関する米国政府の発表は、半面の真実、誤情報、隠された意図、等々によって彩られていた。イラク侵攻に至る事情をめぐり最近明らかになった事実は、イラクをおおう混乱、そしてさらに中東から世界にまで脅威をおよぼしている混乱、と並置してみると、いよいよその対照のあざやかさが際立ってくる。

 

2002年に、アメリカとイギリスはイラク侵攻の正当性を高らかにかかげた。大量破壊兵器を開発しているというのがその言い分であった。それが「たった一つの問題点」である-----そう、ブッシュや英国首相ブレアおよびそのお仲間たちは、ことあるごとに強調した。そして、それはまた、ブッシュ大統領武力行使について議会承認を得るにあたっての、唯一の根拠でもあった。

 

その「たった一つの問題点」に対する答えは、侵攻後ほどなくして判明した。そして、しぶしぶ受け入れられた。すなわち、大量破壊兵器なるものは存在しなかったのである。
しかし、政府とメディアはいささかも動じなかった。間髪入れずに、イラク侵攻のあらたな名分と正当性が、そのプロパガンダ機構からひねり出された。

 

国家安全保障と諜報に関する専門家、ジョン・プラドス氏は、2004年に上梓した著作『欺かれて』において、関連する記録文書を慎重かつ広範に精査した後、以下のように結論づけている。
「米国人は、侵攻した側に自分自身を数え入れるを好まない。が、イラクで起こったことはあからさまな侵攻そのものだった」。

 

プラドス氏は、ブッシュ大統領の「イラク戦が必要かつ喫緊である旨を自国民と世界に納得させるための術策」を、「『政府の不実』に関する事例研究」としてあつかっている。「この術策のためには、「事実とかけ離れた公式声明や悪質な情報操作が必要であった」。
この虚偽の履歴をさらに汚したのは、英『サンデー・タイムズ』紙が5月1日に掲載した「ダウニング・ストリート・メモ」(訳注: 英首相官邸で開かれた秘密会議のメモ)、および、その他あらたに入手された数々の機密文書の公開である。

 

「ダウニング・ストリート・メモ」は、ブレア首相の戦時内閣における2002年の7月23日の会合から生まれた。
その席で、英国秘密諜報部の長官、リチャード・ディアラブ氏は、今では悪名高くなった次のような発言をしたのである。
イラク侵攻を企図した「政策方針に沿うよう、情報と事実は調整をほどこされた」、と。

 

この「メモ」の中には、国防相ジェフ・フーン氏の以下の発言も記録されている。
「米国は、イラク政府への圧力を増すために、すでに軍事活動の『急拡大』に着手している」。

 

「ダウニング・ストリート・メモ」をスクープしたマイケル・スミス記者は、その後の関連記事において、背景事情とその内容についてさらに詳細に報じている。
上の、「軍事活動の急拡大」の中には、明らかに英米共同の空爆作戦が含まれている。その意図は、イラクを挑発し、なんらかの行動-----「メモ」の表現にしたがえば「カーサス・ベリ」(訳注:ラテン語で、「開戦事由」の意)と見なせるような行動-----を誘い出すことであった。

 

戦闘機がイラク南部で空爆を開始したのは2002年の5月である。英国政府の発表によると、当該月の投下爆弾トン数は10トンであった。
異例の「急拡大」が始まったのは8月の下旬である(9月の投下爆弾トン数は54.6トン)。

 

スミス記者はこう書いている。
「別の言い方をすれば、ブッシュ大統領とブレア首相がイラク戦を開始したのは、誰もが信じているような2003年の3月ではなく、2002年の8月の終わりであった。また、議会がイラクに対する軍事行動に議会承認をあたえる6週間前のことであった」。

 

この空爆は、飛行禁止区域の連合国軍機を守るための防衛的措置と主張された。
イラクは国連にうったえる一方で、報復攻撃に出て米国のワナにはまる愚は犯さなかった。

 

米英の政策策定者にとっては、イラク侵攻は「テロに対する闘い」をはるかにしのぐ優先事項であった。
そのことは、当の米国の諜報機関自身が作成した報告書に明らかである。
連合軍による侵攻の直前、米諜報機関の一つで、戦略的思考を中核的に担う「国家情報会議」(NIC)は、極秘の報告書の中で次のように述べていた。
「米国が主導するイラク侵攻の結果、『政治的イスラム』(訳注: イスラム国家・イスラム社会の建設をめざす復興主義)への支持が拡大するとともに、イラク社会は深刻な分裂にみまわれ、国内で暴力的な紛争が生じやすくなろう」。
これは、昨年9月の『ニューヨーク・タイムズ』紙(記者はダグラス・ジールとデビッド・サンガー)が報じたものである。
2004年の12月には、NICは次のように警告している(ジール記者による上の記事の数週間後の続報)。
イラクその他の国々で今後発生しうる紛争のおかげで、あらたな世代のテロリストの誕生につながる、新兵勧誘の機会の増大、また、実戦訓練の場、技術的能力や言語コミュニケーション能力の鍛錬の場の拡大、等々が懸念される。彼らが『プロ化』し、政治的暴力それ自体が彼らにとって目的となる事態が起こり得る」。

 

もちろん、上級の政策策定者がテロ増大のリスクを犯すからといって、彼らがそのような結果を歓迎しているわけではない。ただ単に、他の政策目標と比較して、テロ抑止が優先事項のトップに上らないだけの話である。優先事項のトップに上る他の政策目標とは、たとえば、世界の主要なエネルギー資源を支配することである。

 

ズビグニュー・ブレジンスキー氏は、上級の政策策定者や分析家の中でとりわけ頭の切れる人間の一人であったが、イラク侵攻後まもなく、米『ナショナル・インタレスト』誌において、こう指摘している。
中東を制することは「欧州とアジアの国々に対する、間接的だが政治的にきわめて重要な影響力を持つことになる。彼らもまた同地域からのエネルギー輸出に依存しているからだ」。

 

米国がもしイラクを-----原油の確認埋蔵量が世界第2位であり、世界の主要原油供給国のひしめく地域のほぼ真ん中に位置するイラクを-----ずっと支配下に置くことができれば、米国の戦略的能力と影響力は、今後の「三極世界」における主要ライバルたちに対して、格段に高まるであろう。
「三極世界」とは、過去30年の間に徐々に形を整えてきた、米国を盟主とする「北米」、「欧州」、そして、南アジア・東南アジア諸国との結びつきを有する「北東アジア」の3つである。

 

上記の戦略的思考は合理的なものではある。人類の存続が、短期の影響力や富に比べ、ことさらに重要なものではないとすればの話であるが。それに、これは取り立てて斬新な考え方でもない。このテーマは歴史を通じてずっと鳴り響いてきた。核兵器の時代である今日が過去とちがうのは、賭け金が途方もなく高く積み上がっていることだけである。


CHOMSKY.INFO


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[その他の訳注・補足など]


タイトルの It's Imperialism, Stupid は、It's the economy, stupid(肝心なのは経済だ、ボケ!)という有名な表現のもじりである。
元の表現の It's the economy, stupid(肝心なのは経済だ、ボケ!)は、1992年の大統領選挙戦におけるクリントン陣営の合言葉で、国民の心をつかむのに有効なのは経済の話題であることをスタッフに周知徹底させるために使われた。
このセリフが有名になって以来、It's ~ , stupid のパターンは、パロディその他の形でメディアにしばしば登場する。

ウィキペディアの説明も参照↓
https://ja.wikipedia.org/wiki/It%27s_the_economy,_stupid

 

なお、元の表現の It's the economy, stupid の It は文法的には「漠然と状況・事情をあらわす it」と解される(しいてこれを具体的に表現すれば、「この選挙戦を戦うにあたってキモになるのは~」ぐらい)。
一方、本タイトルの It’s Imperialism, Stupid の It は代名詞であって、本文中の話題である「イラク侵攻」を指す。

 

■補足・1
「ダウニング・ストリート・メモ」について。

今回のコラム訳出のために、念のためグーグルで「ダウニング・ストリート・メモ」を検索してみると、驚くべきことに、読売、朝日、毎日などの大手新聞その他、日本のいわゆる大手メディアのサイトは全然検索結果に現れない。
現れるのは大半が個人のブログである。

 

「ダウニング・ストリート・メモ」を別称の「ダウニング街メモ」あるいは「英首相官邸メモ」、「英国政府官庁街メモ」などと変えても検索結果の傾向は変わらない。

 

これほどあからさまに情報が抑制されている(あるいは報道統制がおこなわれている?)とは思っていなかった。
それとも、これは、私個人だけに表示される独自の検索結果なのだろうか。
本ブログの閲覧者は、各自でそれぞれ、検索結果のありさまを確認していただきたい。

 

(また、英語版のウィキペディアには Downing Street memo の項目と説明があるが、日本語版のウィキペディアには「ダウニング・ストリート・メモ」は見当たらない。
さらには、日本語版ウィキペディアの「イラク戦争」の説明には「ダウニング・ストリート・メモ」についての言及がない。はっきり言って、それがないイラク戦争の説明などほとんど無価値、無意味である。あきれるしかない)

 

■補足・2
イラク戦争の動機は石油を支配することである」といきなり断定すれば、馬鹿げた陰謀論のように聞こえるが、「広い意味での石油の支配」、「石油を介しての影響力の確保」(言い換えれば、米国の覇権の維持のための一手段)がイラク戦争の主要動機の一つであることは、米国のエリート支配層にとって暗黙の了解事項であった。
そのことは、本文中のブレジンスキー氏の言のほかに、たとえば、米連邦準備制度理事会FRB)の議長であったアラン・グリーンスパン氏の回顧録の一節にもはっきりと示されている。

「悲しいことに、誰もが承知していること-----イラク戦争はおおむね石油をめぐる争いだということ-----を認めるのは政治上、具合が悪いのだ」
グリーンスパン氏の回顧録『The Age of Turbulence』(波乱の時代)(ペンギン出版、2007年刊、463ページ)より)

 

チョムスキー氏は早くから、中東の動乱の主因の一つが石油資源の掌握であることをさまざまな文章で指摘していた。
当初は、一般人の中で、それを陰謀論と見なして嘲笑する向きもあったようである。もちろん、政府関係者が公的に認めるはずがない。陰謀論として相手にしないのが良策である。
これにからんで、チョムスキー氏に対する悪質な誹謗中傷がおこなわれたであろう。