チョムスキー 時事コラム・コレクション

言語学の大御所であるノーム・チョムスキー氏はまた、時事問題に関する優れたコラムニスト、エッセイストでもある。 本ブログでは、チョムスキー氏のウェブサイト https://chomsky.info/ から、特に心に残るコラム、エッセイ等を選んで訳出・紹介する。

チョムスキー 時事コラム・コレクション・5

 

[強国の特権]


原題は
Prerogatives of Power


内容はタイトルの通り。
強国は自分に不都合な事実を無視するし、自分に都合のいいように歴史を強引に書き換えようとする。


原文サイトは
https://chomsky.info/20140205-2/

 
(例によって、訳出は読みやすさを心がけ、同じ理由で、頻繁に改行をおこなった)


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Prerogatives of Power
強国の特権


ノーム・チョムスキー

『トゥルースアウト』 2014年2月5日

 

2013年もそろそろ終わろうとしている今、英BBCがWIN・ギャラップ・インターナショナルによる国際世論調査の結果について報じている。その調査の問いとは、
「現在、世界の平和に対する最大の脅威となっているのはどこの国だと思いますか?」
である。

 

回答では、かなりの差をつけてアメリカがトップであった。2位のパキスタンの得票数の約3倍である。

 

ところが、目下、米国の学術界とメディアで議論されているのはイランの封じ込めは可能かどうか、もしくは、国家安全保障上、NSA国家安全保障局)の大規模な監視システムは必要かどうか、である。

 

上の世論調査の結果を考慮するならば、もっと適切な議論テーマが考えられそうである。すなわち、アメリカの封じ込めは可能かどうか、そして、他国は、アメリカの脅威に直面した場合、その安全保障を確保できるかどうか、等々。

 

世界の一部の地域では、世界平和に対する脅威の点で、米国ははるかに突出した地位を占めると認識されている。とりわけ中東においてはそうである。その地の圧倒的多数の人々が、米国とその親密な同盟国イスラエルを、自分たちの直面するもっとも大きな脅威と見なしているのだ。この両国がたびたび引き合いに出すイランではなく。

 

中南米の人々なら、「キューバ独立の父」といわれるホセ・マルティ氏の洞察に異を唱えることはまずないであろう。1894年に同氏はこう書いた。

アメリカから離れれば離れるほど、[中央・南]アメリカの人々はより自由に、より豊かになるだろう」、と。

 

マルティ氏の洞察の正しさは、最近、またしても裏づけられた。
国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会が貧困問題を調査し、先月、その結果を発表した。

 

それによると、広範囲にわたる改革によって、ブラジル、ウルグアイベネズエラその他の国々では、貧困が劇的に縮小した。いずれも米国の影響が軽微であった国々である。それに対して、長く米国の支配的影響下にあったグアテマラホンジュラス等々は、なおも深刻な貧苦にあえいでいる。北米自由貿易協定の参加国で、比較的に富めるメキシコでさえ、貧困は由々しき問題で、2013年には100万人があらたに貧困層に加わった。

 

世界が懸念する事項-----世界平和に対する脅威など-----についての原因の数々は、米国でも時にあいまいな形でありながらも認識されてはいる。
たとえば、元CIA長官のマイケル・ヘイデン氏は、オバマ政権のドローン(無人攻撃機)による暗殺作戦について論じた際、こう述べた。
「目下のところ、これらの作戦行動に関する米国の法的根拠をうべなう政府は、地球上に存在しません。アフガニスタンとおそらくイスラエル以外は」、と。

 

普通の国であれば、自分が世界でどう見られているかが気になるであろう。わが「建国の父祖たち」の言葉を借りると「全世界の人々の意見を真摯に尊重する」ことに心を砕く国であるからには、気になって当然であろう。ところがどっこい、米国は並みの国ではないのだ。1世紀の間、米国は世界でもっとも旺盛な経済力をほこった。そして、第二次世界大戦以降、みずからまねいた要因もあって幾分衰退したとはいえ、その世界覇権を真におびやかす国は登場しなかった。

 

米国は、いわゆる「ソフト・パワー」を念頭に、自国の好ましいイメージを構築すべく、大規模な「広報外交」(別名プロパガンダ)キャンペーンを展開している。それは、時には、歓迎すべき価値のある施策をともなっていた。
だが、米国を平和に対する突出した脅威と世界が信じてゆずらない場合、米国メディアはその事実をめったに報じないのである。

 

自分の好まない事実にそしらぬ顔をすることは、無敵の強国が持つことのできる特権の一つである。また、これと密接に関連しているのは、歴史を大幅に書き換えることのできる権利である。

 

その現行の事例は、今なお激しさを増している、スンニ派シーア派の対立に関する嘆きに見出される。この対立は中東、とりわけ、イラクとシリアを悲惨の極みにたたき込んでいる。しかし、米国の論評に幅広くうかがわれる見解は、この対立・紛争が、この地域からの米軍の撤退という嘆かわしい結果により生じたとするものだ。米国の「孤立主義」がまねく危険の教訓というわけなのである。

 

より適切なのは、これとはまったく逆の見方であろう。イスラム諸国の紛争の根本原因はさまざまであるが、どうあっても否定し難いのは、この対立が米英主導のイラク侵攻によって大幅に激化したという点である。
また、侵攻自体がニュルンベルク裁判において「究極の国際犯罪」と定義されたこともくり返し強調すべき点である。侵攻が「究極の国際犯罪」であり、他の犯罪と一線を画すのは、それが後に引き続くあらゆる悪を内包するからであった。目下の惨状もこれにふくまれる。

 

この歴史の過激な書き換えをめざましい形で示すのは、ファルージャで進行中の残虐行為をめぐる米国の応答である。メディアで支配的な言説は、むなしい自己犠牲の痛みをうんぬんするものであり、米国兵士たちはファルージャを解放するために闘い、あるいは命を落としたのだとする。
2004年のファルージャ攻撃に関する報道を検証してみればすぐにわかることであるが、これは、侵攻という戦争犯罪のうちでもっとも凶悪でおぞましい部類に属していた。

 

ネルソン・マンデラ氏の死去もまた、「ヒストリカル・エンジニアリング(歴史工学)」と呼ばれるものの驚くべき働きについて、人を省察にみちびく機会をあたえてくれる。「ヒストリカル・エンジニアリング」とは、権力者の意にかなうよう歴史的事実を再編することである(末尾の訳注を参照)。

 

マンデラ氏は、ついに自分の自由を勝ち取った時、高らかにこう語った。
「獄中にいる間ずっと、キューバは私にとって啓示であったし、フィデル・カストロ氏は力の源泉として抜きん出た存在でした。…… [キューバの人々の勝利は]白人圧制者たちの無敵性という神話を打ち砕き、闘いに参与する南アフリカの多くの人々の精神を鼓舞しました。アパルトヘイトという業苦からわれわれの大陸、われわれ南アフリカの人間を解放する手引きとなったのです。…… アフリカとのからみでキューバが示した厚情の記録を、他のどんな国がしのげるでしょうか」

 

今日、プレトリアの記念公園「フリーダム・パーク」には、「名前の壁」と呼ばれる一角があり、そこには、米国の支援する南アフリカ軍の侵攻からアンゴラを守るために亡くなったキューバの人々の名前がきざまれている。彼らは、アンゴラから撤退せよとの米国の要求に頑として応じなかった。また、アンゴラを支え続けたキューバの何千人もの援助活動関係者-----経費の大方はキューバ政府が拠出した-----のことも、忘れ去られてはいない。

 

米国政府が認可する歴史説明は、これとはまったく異なっている。1988年に南アフリカは不法占領したナミビアからの撤退に同意した。これは、アパルトヘイト撤廃への道筋をととのえるものであった。同意後の早くから、ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、このなりゆきを米国外交の「輝かしい功績」と称え、「レーガン政権による屈指の外交成果の一つ」と賛美した。

 

マンデラ氏と南アフリカ陣営とでは、なぜこれほどかけ離れた見方になるのか、その理由は、ピエロ・グレイへセス氏のすぐれた学術研究書『自由の理念: ハバナ、ワシントン、プレトリア-----アフリカ南部の闘争 1976年~1991年』の中で、詳細に分析されている。

 

グレイへセス氏が説得力のある形で示したことであるが、南アフリカによるアンゴラ侵攻と同地でのテロ活動およびナミビアの不法占領が終わりを告げたのは、南アフリカ国内における「黒人たちの熾烈な抵抗」とナミビアのゲリラの勇敢さに「キューバの軍事力」が加わったからであった。ナミビア解放軍は、公正な選挙が可能になるやいなや、やすやすと勝利を手にした。アンゴラでも同様に、選挙では、キューバの支持する側が優勢となった。しかし、米国は、南アフリカ軍が撤退を余儀なくされて以降も、対立する側の邪悪なテロリストたちを支援し続けた。

 

アパルトヘイト体制を、また、隣国に対するおそるべき略奪と破壊行為を最後まで強く支持したのは、実質上レーガン政権とその取り巻きたちだけであった。これらの恥ずべき行状は、米国では歴史からぬぐい去られるかもしれないが、世界の人々はおそらくマンデラ氏の言葉にうなづくであろう。

 

これらの例でも、その他のあり余る例においても明らかであるように、絶対的な強国は現実を忌避していられるのだ-----ある程度まで、であるが。

 

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[訳注・補足など]

■訳注・1

以下のサイト

Historical engineering - SourceWatch
https://www.sourcewatch.org/index.php/Historical_engineering

では、次のように説明されている。

 

(仮訳)
第一次世界大戦のさなか、米国の歴史家たちは、米国の国策に沿うよう歴史を書き換えることを申し出た。自分たちの提案したその偽計を表現するために使った言葉は「ヒストリカル・エンジニアリング(歴史工学)」であった」

 

■補足・1
米国の政府と大手メディアによるプロパガンダチョムスキー氏の生涯をつらぬく大きなテーマの一つであること、また、氏が若い頃からこれに敏感であったこと等は、本コレクション・1の「その他の訳注と補足など」を参照。